ビールというとすぐに頭に浮かぶのは「生ビール」という言葉。それに対応する言葉は「熱処理ビール」。
ビールの美味しさを語る上で、「生」か「熱処理」かという議論はほとんど意味をなしません。それとは別に、ビールの美味しさを決定づけるもっと大切な要素があります。
…という話、長文ですが詳しくお話しします。どうか最後まで読んでください。
今や、ほとんどのビール容器に書かれている「生」の文字。皆さんは、いわゆる生ビールに対してどのようなイメージを持たれていますか。
- 生はすっきりして飲みやすい。
- 生の方が新鮮でおいしい。
そんなイメージを持たれている方は多いと思います。
「生ビール」とは何が「生」なのか、説明できますか?
生チョコ、生キャラメル、生ドーナツ・・・。食品に「生」の文字が付くと、特別に美味しそうなイメージが湧いてきます。よくよく考えるといったい何が「生」なのか、良く分からないものもありますが、日本における「生ビール」の場合は一応定義が存在します。
ビール酒造組合の「特定用語の表示基準」に以下の定めがあります。
「生ビールおよびドラフトビール」
熱による処理(パストリゼーション)をしていないビール。なお、生ビールまたはドラフトビールと表示する場合は、「熱処理していない」旨を併記してあります。「非熱処理」と表示する場合もあります。
熱処理が必要だった理由
そもそも熱による処理は何のために必要だったのでしょうか。
ビールは酵母による発酵によって作られます。従って、発酵、熟成が終わった段階では、たくさんの酵母がビールの中に残っています。この酵母、あるいは発酵に関係ない細菌が残ったまま容器に詰めて出荷すると、意図しない発酵、あるいは細菌の繁殖により品質劣化につながるおそれがあります。これらの微生物を除去することにより、保存性の高いビールにすることができるのです。(保存性が高いということは、香味が変わらないということではありません。あくまでも、意図しない劣化が起きないということです。)
通常、これらの微生物は濾過によって除去されます、しかし、濾過技術が未熟だった時代は、濾過だけでは完全に微生物を除去することができませんでした。そのため、低温殺菌、いわゆるパストリゼーションによって、濾過を通り抜けた微生物を殺菌していたのです。
ところが近年、濾過技術が飛躍的に向上したため、濾過だけで酵母や細菌を完全に除去することが可能になりました。それなら余計な加熱などしない方が良いですね。このように、熱処理することなく酵母や細菌を除去したビールを「生ビール」と呼ぶようになったのです。
「生ビール」と「熱処理ビール」、実はほとんど差がありません
熱処理が必要なくなったことにより、ビール製造の熱エネルギー効率は良くなりました。また、熱処理はお湯のシャワーをかけることにより行われていましたから、水の使用量も格段に少なくなりました。省エネの観点からはかなり劇的な変化だったわけです。もっとも、その分、濾過材の使用量は増えましたが・・・・。
では、香味に対する影響はどうだったのでしょうか。
考えられるのは酸化です。酸化はビールの香味劣化の最大の要因であると書きました。確かに、熱処理することにより酸化が促進されます。逆に言えば、熱処理しない方が酸化は抑えられる。しかし、通常の熱処理、パストリゼーションの間に起こる酸化というのはごく僅かなものなのです。実際、パストリゼーション前のビール、後のビールを同じ温度に冷やし、製造した日に飲み比べたこともありますが、ほとんどと言っていいほど区別はつきません。
ところが、製造当日のビールと、同じ銘柄の1か月後のビールを飲み比べた場合、その違いは実にはっきりしています。ちなみに、この2つのビールによるトライアングルテストは、4社ビールの識別よりもはるかに簡単です。
製造当日の出来たてビールは美味しくない?
こんなエピソードがあります。
ビール会社の3人の新入社員研修を工場で行っていた時、同じ銘柄の4つのサンプルをブラインドテイスティングしてもらいました。
- 製造当日のビール
- 製造後1か月経過したビール
- 製造後3か月経過したビール
- 製造後6か月経過したビール
そして、この4つを美味しいと思う順番に並べてもらったのです。その結果、4番目とされたビール、つまり一番美味しくないと思うビールだけが3人とも見事に一致したのです。どれだと思いますか?
実は、製造当日のビールだったのです。
何故か・・・それは今までに経験したことがない香味だから。そして、他の3つに比べて大きく香味が異なったから。つまり、香味の違いの大きな差は、製造後1か月間で生じているということなのです。この変化に比べたら、パストリゼーションによる変化など誤差みたいなものなのです。
「生」だからコンディションが良いとは限らない!
パストリゼーションの間に進む酸化は確かにゼロではありません。
しかし、パストリゼーションの他にも酸化を促進する要因はいくつもあることを忘れないでください。
「生」と表示されたビールは、パストリゼーションこそかかっていませんが、製造工程で全く熱がかかっていないわけではありません。壜ビールであればラベルを貼るために、缶ビールであれば乾いた状態で段ボールカートンに詰めるために、それぞれ適宜温めてやり、容器表面の水滴を除去しなければなりません。この温度は何度までなら「生」なのか。
さらに、猛暑の夏、倉庫の温度は何度くらいになっているのでしょうか。外気温が35度あれば、倉庫内の温度は推して知るべし。
真夏の店頭に山積みされたビール、耐熱シートもかけずにトラックで運ばれるビール、いずれも最悪です。
当然、容器に詰めた後の時間経過によっても酸化はどんどん進みます。
このような条件がすべてビールのコンディションに関わってきます。
製造後1か月経過した生ビールよりも、製造直後の熱処理ビールの方がはるかにコンディションが良い、つまり美味しい・・・と私は考えています。
「生」のイメージにごまかされないで
通常市販されているビールを飲むお客様にとって、ビールの美味しさに、「生」か、「熱処理」か、ということは、ほとんど関係ありません。「生」の方が美味しいと思っている方は多いですが、完全にイメージの問題です。
例えばビアホールの生ビールが美味しく感じるという方は多いですね。それは「生」だからではなく、製造後比較的新しい、コンディションの良い(=酸化が進んでいない)ビールであることが多いからです。
熱処理ビールの代名詞だった以前のキリンラガービール。熱処理してあるから苦いのではなく、元々の味の設計が苦いから苦いのです。
生ビールの方が飲みやすく感じるのは、「生はすっきりして飲みやすい」というイメージに合わせて中身の設計をしているだけのことです。
GARGERYも「生ビール」ですが – より大切なものは「コンディション」
さて、今回の記事、決して「生ビールは美味しくない」、あるいは「生であることは意味がない」と言っているのではありません。「そんなことよりも大切なことがある」と言いたいのです。
事実、GARGERYも全ての商品が「生ビール」ですが、美味しさの秘密は「生」だからではありません。
私は、ビールの美味しさに一番大切なものはコンディションであると信じています。だからGARGERYも、コンディションに徹底的にこだわった商品づくりを目指しています。一杯のGARGERYを飲む時に、そのあたりを少しでも感じていただければ幸せです。