キリンのヒット商品「一番搾り」。
どこかプレミアム感があるネーミングですね。ところでこの「一番搾り」、何が一番で、何を搾るのか、ご存知ですか?今回は、その一番搾りにまつわる工程を紹介します。搾り、搾りと言いますが、実はあまり搾りません。
前回の記事「ビールと化学 – 糖化で決まるビアスタイル」で、糖化が終わった醪(もろみ)が出来上がりました。次は煮沸工程へと進むわけですが、その前に、モルト粕などを取り除かなければなりません。それが「麦汁濾過」と呼ばれる工程です。醪を濾過した後の液体を「麦汁」(ばくじゅう)と呼び、これがビールの前身となります。
麦汁濾過を行う設備は「ロイター」と呼ばれ、その内部が下の写真。何やらメカニカルな構造ですね。
外観はご覧の通りシンプル。例の4つの仕込設備の内、右手前のものがロイターです。
ロイターの中に、隣のマッシュケトルから醪が移送されてきます。写真の左下あたり、醪が盛り上がって見える部分が、今まさに醪が入ってきているところです。
醪が満タンになった状態が下の写真です。最初の写真に見られるように、ロイターの底部には細いスリットが入ったステンレス製の板が敷き詰められており、醪に含まれるモルト粕等がスリット板の上に沈澱していきます。その沈殿したモルト粕を濾過材として、醪の液体部分がスリット板の下に流れ落ちていきます。つまり、穀皮を主体とするモルト粕で濾過されているわけです。粉砕されたモルトの穀皮にも大事な役割がある…と書いたのはまさにここです。
>> 「ビール造りのはじめの一歩 – モルトを粉砕します」
また、支柱から下に伸びているギザギザの板は、麦汁濾過の途中で固まってくるモルト粕の層を解きほぐす役割を担います。
ここまでが麦汁濾過の概要です。以下、一番搾りの核心に入りますが、どうしても教科書みたいになってしまいました。眠くなりそうでしたら読み飛ばしてください。笑
一番搾りと二番搾り
ざっくり書きます。
- 醪を濾過装置(ロイター)に送り込み、その状態で流れ出してくる麦汁を「一番搾り麦汁」と呼びます。
- その後、沈殿したモルト粕の上から湯をかけて流れ出してくる麦汁を「二番搾り麦汁」と呼びます。
麦汁濾過は一番搾り麦汁が流れ落ちなくなったら終わり…ではありません。その状態では、濾過層となっているモルト粕の中に、まだまだビールの原料となり得るエキス分が大量に含まれているからです。そのエキス分を溶かし出しながら流れ落ち、原料の利用効率をより高くするのが二番搾り麦汁なのです。
「搾り」という呼び名はどこから…
現代のビール仕込では、麦汁濾過装置としてロイターが普通になっています。写真を見ていただいても「搾る」というイメージはありませんよね。しかし、私がビール会社に入った四半世紀余り前はそうではありませんでした。当時は何十枚もの鋳物製の枠に濾過布をかけた濾過装置が使われており、枠にかかった布と布の間に醪を流し込み、枠同士を押さえつけて濾過するという仕組みだったのです。ロイターのスリット板の代わりをするのが濾過布でした。枠を押さえつけるのがいかにも「醪を搾っている」という感じでした。
どこまでを「一番搾り」と呼ぶのか…それが問題だ
旧式の濾過設備では、その構造上一番搾りと二番搾りの麦汁の境目が比較的明確で、主に一番搾り麦汁を使って醸造したビールの商品名として「一番搾り」という呼び名が登場しました。しかし、ロイターの場合は濾過層が一つで厚いため、一番搾り麦汁と二番搾り麦汁の境目がそれほど明確ではありません。どこまでを一番搾り麦汁と呼んでいるのか、あるいは呼んでいいのか…私は良く知りません。
モルト粕の処理が大問題
さて、麦汁濾過が終わると得られた麦汁はウォルトパン(麦汁煮沸釜)へと移送されます。そして残るのはモルト粕ですが、実はこの処理が大問題なのです。モルト粕はビール醸造にとっては既にその役割を終えており、邪魔ものでしかありません。以前は家畜の餌として利用されていたのですが、都市部の酪農家が減った今ではそれだけでは処理しきれず、産業廃棄物にせざるを得ない場合もあるのです。モルト粕の有効利用はビール業界にとって大きな課題の一つです。
エチゴビール社のモルト粕サイロ
次回は麦汁煮沸です。いよいよホップが投入されます。