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15年の約束と、二人での再起動

本日、2017年7月25日、
株式会社ビアスタイル21は、設立15周年を迎えました。

二人が出逢って始まった

ご存知の方もいらしゃると思いますが、弊社はもともとキリンビール株式会社の社内ベンチャーとして設立されました。

新しいブランドのビールを開発し、新しいビジネスモデルで事業化する、というミッションを持った企画担当者の社内公募が発端で、その中で選任されたのが、現在も社長 兼 醸造責任者を担っている佐々木正幸であり、マーケティング責任者をしている別所弘章でした。

<追記> 2020年6月19日より、ビアスタイル21の代表取締役は別所、佐々木は取締役 醸造責任者となり、社員は2018年より座間が加わり、3名体制となっています。

当時キリンビールの別々の部門で働いていた二人は、歴史的な大事件のあった2001年9月11日に東京本社で初めて顔を合わせました。ここから全てが始まったと言って良いでしょう。

それからの数ヶ月は、新しいものを生み出すためにお互いの想いをぶつけ合う、ある意味“対決”だったかもしれません。3ヶ月程の喧々諤々の議論を経て、初めて「方向性が見えた」と二人が感じたのは、欧州ビール市場の視察旅行中にベルギーのビアカフェでまさしく口角に泡を飛ばしていた時でした。そこから目指すものが収斂され始め、事業計画の骨格ができたのです。

2002年1月欧州視察の様子

その後、プロジェクトに2名が加わり、合計4名で計画を精緻化していきました。そこでも様々な障壁、紆余曲折がありましたが、プロジェクト開始から10ヶ月余り後、社内決裁を経て、2002年7月25日に株式会社ビアスタイル21を設立したのです。

実際の商品の発売は2002年12月になりました。

それが、飲食店限定の樽詰プレミアムビール「ガージェリー・スタウト」です。

愛されるビールを創りたい

2002年当時、この事業を企画するに当たっての私たちの想いはこうでした。

日本のビール業界に疑問を感じている。ビジネスとして“量”ばかりを志向した商品、広告イメージ先行の商品、そして酒税法の隙間をついた価格訴求型の商品がますます広がっている。一方で消費者の嗜好性は着実に高まってきている。ワイン、日本酒、焼酎について一定の知識を持って楽しむ人は明らかに増えているし、モルトウィスキーを語る人もいる。ビールについても地ビール、ベルギービールなどの小さな流れが始まっているように見える。

ビール業界の真ん中にいて感じる、この新しい流れとの乖離感は何だろう?

お酒が大好き、ビールが大好きな自分たちが、仕事として、使命を持って、今やるべきことは何だろう?徹底的に話し合い、4人の想いが収斂したのです。

既存のビール業界を否定するのではなく、新しいものを創らなければいけないと思いました。大手ブランドへのアンチテーゼだけでは人を惹きつけることはできない。ビールが本来持っている可能性を引き出して、さらに他にはない魅力を加えたい。願わくば、飲んでいただく人たちの生活や人生を演出する名脇役として長く愛されるものを創りたい。一番売れるビールではなくても、「一番愛されるビール」を創りたい。

それがガージェリーでした。

一店一店との出逢いを求めて

2007年のことです。株式会社ビアスタイル21はキリンビール株式会社の資本を離れることになりました。この経緯について詳細を語ることはいたしません。ただ当時はクラフトビールという言葉もなく、現在のようなムーブメントが起こるとは誰も思っていなかったのでしょう。ガージェリーは東京の飲食店から一定の評価をいただいていましたが、本体に比べてなにしろ小さいこの事業は、簡単に言えば“戦力外通告”を受け、キリンビール株式会社の資本を離れることになりました。社長の佐々木はキリンビールを退職しビアスタイル21に残留。別所と他のメンバーはビアスタイル21を離れキリンに戻ることになったのです。

それから7年半、佐々木は新しいメンバーと共にビアスタイル21の事業を継続、粘り強く飲食店を回り続けました。2007年の時点で「東京限定」「樽詰ビールだけ」で展開していたガージェリーの取扱店は250店ほどでしたが、展開エリアを東京から各地方へと徐々に広げ、瓶商品を順次発売したこともあり、2015年には1,000店を超えるまでになりました。

最初の二人に戻り、新たに始める

2014年には別所がキリンビールを退職、ビアスタイル21に復帰し2007年までと同様にマーケティング責任者となりました。一方で社員の退職があり、15周年を向かえた現時点ではビアスタイル21の社員は二人になっています。2001年の最初の二人、佐々木正幸と別所弘章です。ふりだしに戻ったのか、原点に立ち返ったのか、なんとも感慨深い気もします。

もちろん、ビールを造り、飲食店の皆様にお届けするまでの全ての業務を二人でしている訳ではありません。製造委託先のエチゴビール株式会社をはじめ、様々な分野で協力いただいている方々がいらして成り立っています。そして、何よりもガージェリーをサーヴいただいている飲食店の皆様、ガージェリーを召し上がっていただいているファンの皆様に支えられて今があります。皆様に深く深く、深く感謝いたします。

ただ、佐々木も別所もあれから15ずつ、歳をとりました。まだ二人とも多少の頑張りは利きますが、ガージェリーをこれからも長く安定してお届けすることができる体制を、少々巻きを入れて考える必要があると思っています。

時代は変わったけれど…

さて、世の中はクラフトビールブームです。2002年当初は四苦八苦していた地ビールメーカーの一部は大きく成長、設備投資をして増産体制、海外への展開に積極的なブルワーもあり、新しい会社も中小次々に立ち上がっています。キリンビールは新しいクラフトビールの会社を立ち上げた上に、最大手国内クラフトビール会社や米国のクラフトビール会社に資本参加をしました。15年前を思い返すと驚きの変化です。

一方でガージェリーはと言うと、実のところ、このムーブメントにはほとんど乗っていないと思っています。知名度が低い上に飲食店でしか見ることがないからかもしれませんが、雑誌のクラフトビール特集などに取り上げられることはめったにありません。各地で開催されるビールイベントにも出店していません。飲食店でしか飲めないというコンセプトもありますし、そもそも少人数過ぎてイベントに参加する余裕もありません…。ただ、個性的なビールに興味を持った飲食店や消費者が増えたことで営業活動はしやすくなりましたし、飲食店からの問合せも以前よりだいぶ増えました。とはいえ、こつこつと一店一店、取り扱いの飲食店を増やしていく地道な活動を続けていることは15年前から何一つ変えていません。

15年の志と約束

ここで重要なのは、ガージェリーのコンセプトは、今の日本におけるクラフトビールというカテゴリーの受け入れられ方とは、少し異なるところに軸足を置いていることだと思っています。簡単に言えば、「みんなで多種多様なビールを楽しもう!」というシチュエーションで選ばれるビールではなく、一人の飲み手にとって特別な意味を持つ場所で、いつも変わらず待っているブランドでありたいと思い、それを実現することを目指して活動を続けているのです。もちろん理想どおりになっていない場合もありますが、決めたコンセプトをしっかり心に留めながら活動をするのと、意識せずに動くのでは、15年後に大きな差ができることは間違いありません。私たちはそれをやってきました。

飲み手の人生に寄り添い、
それぞれ自分自身のための大切な時間を彩る、
こころまで満たすようなビール。

例外の無い「飲食店限定」「醸造所からお店に冷蔵直送」
バーテンダー、ソムリエ、飲食のプロがサーヴする、
いつも変わらずそこにあって、長く愛されるビール。

さあ、16年目に入ります。

そろそろ次のことを考えようと思います。

ただ、変えてはいけないことがある。

15年の間に多くの皆様と約束してきたことが積もり積もって、今があるのです。

こころまで満たすようなビールを届けたい

外飲みを、もっと楽しく、もっと魅力的にしたい

飲み手の人生に寄り添うような存在でありたい

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GARGERY -since 2002-

撮影協力:Shot Bar Cheers, Bar Chetta, Anfang

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